寄稿:空気浄化を科学にする

九州大学大学院農学研究院教授(工学博士) 白石 文秀

第2回 上手な空気殺菌機の選び方

1月15日に日本で最初の新型コロナウイルス感染者が特定され、それ以降、感染者数は指数関数的に増大しました。しかし、4月はじめの緊急事態宣言が発出された頃から感染速度が小さくなり、実質的感染者数は最大値を取った後に減少するようになりました1) 。医療従事者の生死をかけた奮闘により、我が国の死者数は他の多くの国々よりも圧倒的に少なくなっています。ただ、7月初めの緊急事態宣言解除後は気の緩みのせいか、東京とその周辺でクラスター感染が発生し、再び感染者が増加しています。

このような状況下、新型コロナウイルスを殺菌するのに紫外線(UV)照射が有効であるという実験結果が報告され、世間ではUV照射型の空気殺菌機補足)を購入する動きが高まっています。ネット上で空気殺菌機を検索すると多くの製品がヒットし、どれを買ったらいいか迷ってしまいます。従来からあるものや、新型コロナウイルス感染問題発生後に新たに開発されたものなど様々です。

空気殺菌機の購入では、空気清浄機を購入するときとよく似た問題が生じるように思います。それは、機械の構造、処理の原理などについて十分な知識を持たない消費者が巧みな販売戦略に惑わされ、性能の低い(あるいは、まったく役に立たない)製品を購入してしまうという問題です。もちろん、低価格でそれなりの処理性能があれば満足することになると思いますが、これさえあれば大丈夫だと信じていたのにそうでなかったときには後悔のしようがありません。性能が高いと信じて使い続け、感染してしまったらもっと不幸です。なかには風量設計が適切に行われておらず、表示された処理性能の達成が物理的に不可能なものもあります。このようなことに気づくには、それなりの専門的知識が必要です。そこで今回は、新型コロナウイルス感染が深刻な問題となっていることもあり、専門的立場から空気殺菌機を選ぶ際に注意すべき点を述べたいと思います。

1)UV光源の波長

波長が400 nm(ナノメートル;1 nmは1 mの109分の1という極めて小さな長さ)以下の短い光を紫外線(あるいはUV)といいます。UVは人間には見えません。波長の大きさに応じて、UV-A(400~315 nm)、UV-B (315~280 nm)、UV-C (280 nm以下のもの)に分類されます。冬なのに日焼けしている人を見かけることがあります。このような人は、たぶん日焼けサロンでブラックライトが出すUV-Aに長く照らされて黒くなっているのだと思います。波長が短いUV-B、UV-Cは大変危険なので、絶対に直接曝されないようにして下さい。

殺菌にはUV-Cが利用されます。石英ガラス管に水銀を封入した殺菌灯は、この目的のために最も多く使われているUV光源です。254 nmにほぼ単一なピークを持つUVを放出し、空気中や物体に付着した微生物を迅速に死滅させます。

UV-Cの他の波長も殺菌に使われます。しかし、殺菌力は波長により異なるため、空気殺菌機を選ぶ際にUVの波長は重要なポイントになります。文献2) によれば、大腸菌を死滅させる波長の最大値は270 nm付近にあります。殺菌灯が発する254 nmのUVの殺菌力は、この最大値の90 % 程度です。

最近、人体に害があまりないとされる222 nmのUVを数分間照射することで新型コロナウイルスを殺菌できたという実験結果が報告されています。また、紫外線LEDが発する 280 nmのUV照射でも同様の報告がなされています。254 nmのUVによる新型コロナウイルスの殺菌については、実施例を見つけることができませんでした(おそらくすでに誰かが実施していると思います)。本波長のUVは、222、280 nmのUVよりも殺菌力が大きいことから、新型コロナウイルスをより確実に殺菌できると考えられます。

2)UV強度

殺菌灯は単一波長のUVを集中的に発することから、そのUV強度は非常に大きく、よって極めて高い殺菌性能を示します。本UV光源が殺菌灯と呼ばれる理由がここにあります。これより、UV強度の大きさは空気殺菌機を選ぶ際の重要なポイントです。一方で、殺菌灯のUVは人体へ大きな影響を与えるため、むき出しの状態で使われることはほとんどありません。殺菌灯は装置内部にしまい込まれ、UVが外部へ漏れないように設計されています。

新型コロナウイルスがUV-Cの照射で死滅することは、複数の研究者が確認しており、確かな事実です。しかしながら、これらの実験は、密閉した小さな容器中で、新型コロナウイルスの培養基へUVを連続的に照射しながら行われたものです。新型コロナウイルスが浮遊する大量の空気に対して行われたものではありません。このような実験はあまりにも危険なので実施できません(1m3の空気の処理実験で別種のコロナウイルスが死滅したという報告はあります)。したがって、新型コロナウイルスが死滅したという事実だけで、殺菌機の性能を鵜呑みにするのはとても危険です。

以前、別のウイルス感染が流行したとき、ある空調機メーカーが、自社の空気清浄機だけが唯一このウイルスを死滅させる、という内容の宣伝を新年のテレビで繰り返し流したことがあります。そのとき私は、危険なウイルスの死滅実験を、その空気清浄機を使ってどのように行ったのかと大変疑問に思いました。画面の下方に、読めないくらい小さな文字で実験内容について簡単な説明書きがあったそうですが、私はこれに気づきませんでした。実験は東南アジアのある国の研究施設に依頼して行われたとのことです。密閉した容器中で、空気清浄機から取り外した放電装置から電子を数時間にわたってウイルスへ照射し、分解・除去率100%を達成したという結果を根拠にしたようです。しかし、このような実験では実際の場所での空気処理を想定しておらず、大量の空気に潜むウイルスを本当に死滅させることができるのか疑問に思います。そこには、第1回で述べた「売った方が勝ちですよ。」という無責任な販売戦略の論理があるように思います。

UV照射方式の空気殺菌機であれば、どれでも新型コロナウイルスを死滅させることができると断定することはできません。殺菌灯の場合、ワット数が増すと、より大量のUVが照射されるようになります。たとえば、6Wよりも10Wの方が照射されるUVの量は多くなります。だからといってワット数の大きなものを装着した殺菌機の方が性能が高いと早合点してはいけません。殺菌機に取り込まれた空気中のウイルスがUVに確実に曝されなければ、ウイルスは死にません。死滅の割合を高くするには単位面積当たりの光強度の大きさが重要となります。例えば1本の殺菌灯を空気流路の断面積が大きな空間に設置した場合、ワット数が大きくても高速で流れていく空気に含まれるすべての菌を1回の装置通過で死滅させることは難しくなります。光源から離れたところでは単位面積当たりのUV強度が小さくなり、UV放出量が多い光源であってもUVの作用を受けずに装置内を素通りしてしまうものがあるからです。したがって、殺菌力の高い空気殺菌機を選ぶ際には、ワット数だけでなく、空気がUV光源の近傍を通過していく構造であるかをチェックすることが大切です。このような構造の装置ではUVが空気へ満遍なく照射されるため、装置内を通過する空気中のほとんどの菌が死滅する可能性が高くなります。

3)UV光源の寿命

新型コロナウイルス感染から逃れるため、装置を常時運転して室内空気を処理し続けることを考えると思います。この場合、光源の寿命の長さは空気殺菌機の選択の際に重要になるかもしれません。一般的な殺菌灯では寿命は長くても4,000時間程度です。紫外線LEDでは20,000時間程度です。殺菌灯であっても冷陰極管になると30,000時間まで寿命が長くなります。光源の寿命が短い場合、交換の頻度が多くなるので、これを手間と考える人は、長寿命のUV光源を使用した装置を選ぶのがよいと思います。

4)体積流量

意外に無視されるのが単位時間当たりに装置に取り込まれる空気の量(体積流量)です。室内の一定体積の空気を処理しようとするとき、空気が少なくとも1回は装置に取り込まれなければウイルスを死滅させることができません。空気の1回通過時のウイルスの死滅率が高くない装置であるならば、なおさら体積流量の大きさを無視することはできません。

いま、空気殺菌機を8畳間に設置して空気を処理することを考えましょう。8畳間の空気量は、1畳の面積や天井の高さの違いで差が生じます。仮に50 cm3としましょう。装置の最大体積流量が0.4 m3/minであるとき、室内空気は計算上、50m3/(0.4m3/min)=125 minの空間時間(空気量を体積流量で割ったときの値)で処理されることになります。しかし、この時間は室内空気が順番に装置内に取り込まれ、一度装置を通過したものは他のすべての空気の取込が終わるまで装置内に入らないとするときの時間です。室内のほとんどの空気が実際に1回は装置内に取り込まれるまでには、その3倍の時間である375 分(6.25時間)が必要になります。このような装置で本当に室内空気を殺菌できるのでしょうか。完全に密閉していれば別ですが、人が頻繁に出入りする場合には室内空気の外気との入れ替えが起こり、場合によっては新たにウイルスが持ち込まれる可能性があるので、いつまでたっても殺菌を完了できないことになります。これでは空気殺菌機を設置した意味がありません。理想的には、10 ~20 分程度の空間時間を与える装置がよいでしょう。この場合、室内空気は30~60 分で少なくとも1回は装置内に取り込まれることになります。処理性能を高めることを重視し、構造的に体積流量を増やすことができない装置の場合、たとえば流路を狭く取ることでUVが空気に確実に曝される構造や、高性能フィルターを装着する構造の装置の場合、どうしても風量が小さくなります。このような場合、空気の1回通過時の殺菌率(または除去率)をチェックしましょう。この値が高くなくてはいけません。いずれにしても、居住空間の空気を処理するには、1~2 m 3/min以上の体積流量が必要であると思います。

たまに、体積流量を表示していない製品があります。最大体積流量の大まかな値は、つぎのような簡単な方法で求めることができます。容量がわかるゴミ袋をぺちゃんこし、その口を空気殺菌機の吹出口に当てます。そして、袋が空気でいっぱいになるまでの時間を計ります。体積流量は袋の容量を時間で割った値となります。

 補足)空気殺菌機の名称について

殺菌という言葉の使用は薬事法の規制があり、使用するには厚労省の承認が必要です。薬事法に抵触しない言葉として除菌という言葉が使われることが多いようです。しかし、254nmのUV照射により菌は実際に死滅し、死滅した後の菌はその場所、または空間に存在し、取り除かれる訳ではないので、除菌という言葉の使用は物理的に適していないと考えます。そこで、本稿では事実を反映させて殺菌という言葉を使います。

引用文献

1) 白石文秀、生態工学会2020年度講演会要旨集 (2020);6月26日のオンライン講演会で、新型コロナウイルス感染に対して数式モデルを作成し、解析結果を報告しました。
2) Wikipedia, "Ultraviolet germicidal irradiation", https://en.wikipedia.org/wiki/Ultraviolet_germicidal_irradiation, (2020).
寄稿|白石文秀教授(工学博士)
所属
九州大学大学院農学研究院生命機能科学部門
   システム生物工学講座 バイオプロセスデザイン分野
     (兼任)イノベーティブバイオアーキテクチャーセンター
     システムデザイン部門 バイオプロセスデザイン分野
HP
http://www.brs.kyushu-u.ac.jp/~biopro/


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