寄稿:空気浄化を科学にする

九州大学大学院農学研究院教授(工学博士) 白石 文秀

第1回 序論

現在、多くの会社から様々な種類の空気清浄機が市販されています。空気処理には多くの方法がありますが、なかには聞き慣れない(あるいは素人には理解できない)言葉を使って消費者に新しい優れた処理技術であると印象づけ、購買意欲を高くしているものもあります。このような商売戦略は以前にもあったことを思い出します。1990年代初めに洗濯機に“ファジー”という言葉を使い、従来よりも汚れが落ちやいという印象を与えて購買意欲を高めました。言葉が一般化してしまうと、今度は“ニューロ”、”ニューロファジー”という新たな言葉が矢継ぎ早に洗濯機のイメージを変えました。これらの洗濯機はいまどこに行ったのでしょうか。汚れ落ちに大きな違いは見られなかったのか、今ではその姿を見ることができません。

このような事例を繰り返し傍観すると、日本の技術力は本当に高いのかと疑問を持ってしまいます。「売った方が勝ちですよ」という生産メーカーからの発言を耳にしたことがあります。空気清浄機の世界も同様であると感じます。消費者は、「何万円もしたのだから」、「世界に知られた有名メーカーの製品だから」という理由で、「購入した空気清浄機が部屋の空気をきっときれいにしてくれる」と信じ込んでしまいます。スイッチを入れると最初は高速で空気を吸引し、しばらくすると自動的に低速となります。その後、周辺をバタバタ歩き回るとセンサーがほこりを検出し、再び忙しく吸引し始めます。このような巧妙な細工を目の当たりにして、消費者は購入した空気清浄機が期待していた通りに自分の部屋の空気をきれいにしていると考えるでしょう。しかし、多くの場合、そうではありません。

科学はどのようなものに対して成立するのでしょうか。中谷宇吉郎(科学の方法、岩波新書)によれば、「再現可能なもの」に対してです。あるいは予測可能なものに対してです。再現可能であれば、将来の動向を予測することが可能となります。心霊現象は科学と認められていません。なぜでしょうか。それは、いまここに幽霊を呼び寄せて見せてくれと頼んでも、霊能者はそれを再現できないからです。霊能者が「そこに来ていますよ」と言っても、他の人にはそれを実際に確認することができません。それでは、地震予知はどうでしょうか。予知できないのだから科学ではないと言うかもしれません。しかし、地震予知はちゃんと科学として認められています。これは地底の奥深くに地震を起こす原因が確かに存在し、これがある状態になれば地震が発生するからです。そこには観察の困難さ、すなわち科学の限界があり、予知ができなくなっています。

空気浄化は科学です。しかし、その世界には空気浄化の実態と消費者が空気清浄機から受ける印象との間に大きな隔たりがあり、まだ科学になっていないと強く感じます。私は25年以上にわたり、大学で空気の高度浄化(空気にわずかに含まれ、健康に害を与える有機化合物などの濃度をほぼゼロまで低下させ、空気をきれいにすること)に関する研究に従事してきましたが、この隔たりが野放し状態にあることに長く頭を痛め、現状を変えなければならないと考えてきました。そこで、これから約10回にわたり、空気浄化に関する話題を提供することにしました。


寄稿|白石文秀教授(工学博士)
所属
九州大学大学院農学研究院生命機能科学部門
   システム生物工学講座 バイオプロセスデザイン分野
     (兼任)イノベーティブバイオアーキテクチャーセンター
     システムデザイン部門 バイオプロセスデザイン分野
HP
http://www.brs.kyushu-u.ac.jp/~biopro/


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